近代社会を支える、自由、平等、民主政治などは、法律や制度によって保証されているが、「安全」については、「自分で守るしかない」のだ。
安全が自己責任であることは、恐らく縄文時代あるいはもっと前からの普遍の哲理のようなものだと思うが、近代に入り国家防衛体制や警察制度などができると、多くの国民は、個人の安全は国が守るものだと信じてきた。
確かにその面の体制は整備されてきたが、いつ、どこで、どのような危険が起こるかわからない現状では、最終的には本人や家族が危険から自らの身を守るという「自己責任の原則」を忘れてはならないのである。
かつてイザヤ・ベンダサンは、日本人は安全についてコスト意識をもっていないと指摘していたが、安全を得ようと思ったら無料というわけにはいかないことも当然である。
かつて国鉄は多くの大事故を起こしてきた。
(昭和二二)年の八高線脱線転覆事故(死者一八四人)、昭和二六年の桜木町事故(死者一O六人)、昭和二九年の洞爺丸事故(死者一二00人)、昭和三O年の紫雲丸事故(死者二ハ八人)、昭和三七年の三河島事故(死者一六O人)、昭和三八年の鶴見事政(死者二ハ一人)などである。
尊い犠牲者を出したそうした事故の反省から出た、肺腕を絞るような無事故の誓いである「安全綱領」を、われわれは在職中、日々唱和し続けた。
この「安全綱領」が、安全とはいかなるものかをよく示しているので、参考までにご覧いただきたい。
@安全は、輸送業務の最大の使命である。
A安全の確保は、規定の遵守及び執務の厳正から始まり、不断の修練によって築き上げられる。
B確認の励行と連絡の徹底は、安全の確保に最も大切である。
C安全の確保のためには、職責を超えて一致協力しなければならない。
@疑わしいときは、手落ちなく考えて、最も安全と認められる道を取らなければならない。
ここで安全は、「不断の修練」「確認の励行、連絡の徹底」「職責を超えて一致協力」「手落ちなく考えて、最も安全と認められる道を取らなければならない」と、安全は自らの努力と責任の問題であることを諭している。
私は、旅客機をハイジャックして貿易センタービルに突っ込むテロの究極の光景を目の当たりにし、さらにその貿易センタービルが垂直に崩壊する姿を見て、「安全」というものはこの世に存在しないのではないかと思った。
なぜなら、アメリカは世界最強の軍隊を擁しているほか、FBI(米連邦捜査局) 、CIA(米中央情報局)も存在する。
にもかかわらず、このようなテロを防ぐことはできなかったからだ。
二一世紀のわれわれは、断崖絶壁のような危険と隣接した場所で活動しているように思える。
したがって、テ口、犯罪、災害、交通事故、あるいは食品の安全性など全てにいえることだが、安全を確保する努力は片時も怠ることはできないのである。
現在、社会にとって最高の価値観は、安全ではないかと思いたくなってしまう。
安全というものに対する私の考え方は次のようなものである。
@安全と危険は隣り合わせになっているが、まだ交通や食品の安全性のように、って勝ち得られるものも当然ある。
Aわれわれは常に勉強して、危険予知、予防の能力を身に付ける必要がある。
B君子危うきに近寄らず(危険の回数はできるだけ少なく)。
C安全と危険の判断は、自分で行うこと。
D安全の確保には信頼・協力関係が必要。
二OO一年の貿易センタービルなどへのテロと、日本でBSE発生や食品の偽装事件、違法農薬・添加物の使用事件などが発生したのが、ほほ同じ時期であったということもあり、われわれ食産業に携わる者は「安全性の確保」のために、特段の努力が求められる時代を迎えたものだと思った。
特に食品の安全性と危険性のような、目に見えず危険の程度もわからないようなものについては、まず、自ら勉強することが必要だ。
全ての安全性が自己責任であるということは、食品についても、当然自己責任なのだ。
ありがたいことに食べ物の品質、安全性を真剣に考えている農家や、製造会社、小売屈などは、探せば結構あるものだ。
そういう方々とのつながりを一つひとつ大事にして、信頼と協力関係をもつことが大切なのである。
なお、本書の中で私は「品質」と「安全性」をほぼ同じように使っているが、それは、二一世紀を迎えた食産業においては、安全性の問題があまりに重要になってきたためで、本来「品質」というものは、本物、自然、健康の要素を兼ね備えたものをいうのであり、単なる「安全」とは異なるものである。
また、高品質食品は、正直、良心、責任をもって作られなければならないと考えている。
したがって、われわれ食産業人たるものは、安全ということを大前提にし、無限に品質を求め続けなければならないのである。
きわめて低い食品の安全信頼度食品の安全性について消費者は、本能的に疑問を感じているようにみえる。
ここでは、二OO二(平成一四)年七月実施の財団法人セゾン研究所の「食の安心安全に関する消費者意識と行動の変化アンケート調査」(首都圏在住の一二OO人の男女を対象)を見ていただくが、他の新聞などの調査結果と比べてみても基本的には同じ傾向とみていいように思う。
まず同調査の「食生活におけるわが国の安全性への評価」については、「確保されていない」と断言する人が二九・二%、「部分的には確保されている」と考える人が四一・二%と否定的な考えの人が約七O%もいる。
「すべてにわたって、十分に確保されている」は0・九%しかなく、「おおむね確保されている」が、二六・六%で、肯定的な評価は三割に満たない。
この調査をみる限り、食品の安全性を達成するには、最終的には消費者が自らの命を守るために立ち上がらない限り、絶対に解決しないということになる。
日本ではBSEの発生を契機に、食品安全基本法が制定され、内閣府に「食品安全委員会」が設置されたが、従来から指摘されていた@食品の安全性に対する「危機意識の問題」A生産者優先から「消費者保護の行政へ」B透明な政策決定と「情報開示を」など、「真に消費者の健康を考えた意思決定」と「リスク分析・確認」が今後なされるかどうかが焦点になるだろう。
また、この委員会は現場機関もなく、農水省、厚労省、農協、食品業界、小売業界などからの様々な主張を受けるだろうが、日本が世界に先んじて、必要な安全対策の実質的基準を提唱したり、後述の「複合汚染」の影響調査などで、ぜひとも実効をあげていただきたいと願うところである。
なぜなら、食品の安全性の保証と環境の維持は、いまや国家にとって最も重要な施策のひとつとなってきたからである。
農水省にしても、厚労省にしても、食品の安全という目的達成のために、これからは、生産者支援と同時に、消費者保護の行政に、大きく舵を切り替えることが必要になる。
また、これまで現場の保健所業務は、立派なお医者さんの所長がいて、法定伝染病の予防や飲食業許可、手洗い設備の点検などの業務や、食中毒事件の原因追及、予防などの活動に追われているため、毎日販売される輸入食品を含む、膨大な数の食品の安全性のチェックなど、現状ではとても無理だろうと思うが、真に食品の安全性を保証しようと思えば、実際に食品が作られ、売られている現場のレベルで、実態をしっかりと把握し、チェックをすることが必要だと思われる。
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